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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9667号 判決 1991年1月14日

原告 松原宏武

右訴訟代理人弁護士 小林庸男

同 畑口紘

同 田中晋

同 薄金孝太郎

被告 徳平信雄

右訴訟代理人弁護士 渡辺文雄

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を収去して、同目録記載一の土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

主文と同じ。

第二事案の概要

原告の請求は、別紙物件目録記載一の土地の所有権に基づき、同土地上の同目録記載二の建物の所有名義人である被告に対し、同建物の収去と同土地の明渡しを求めるものである。

一  争いのない事実等

(証拠により認定した事実については、当該箇所に証拠を記載する。)

1  別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)は、もと原告先代の松原喜六(以下単に「喜六」という。)の所有であったが、昭和五七年三月一四日に同人が死亡し、原告がその所有権を相続により承継した。

2  和田勝人は、昭和四四年に本件土地のうち別紙物件目録記載一の(一)の土地(以下「本件土地(一)」という。)を、昭和四七年に本件土地のうち別紙物件目録記載一の(二)の土地(以下「本件土地(二)」という。)をそれぞれ喜六から賃借し、本件土地上に別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を建築所有して、同土地建物を自動車修理工場に使用してきた。

3  昭和五〇年から昭和六〇年の間に、喜六または原告と和田及び和田自動車工業株式会社(以下「和田自動車工業」という。)との間で、次のような即決和解が成立している。いずれもその内容は、相手方和田勝人、同和田自動車工業(但し、後者については後記(一)の即決和解を除く。)が本件土地を使用する権原のないことを認め、一定期間後和田自動車工業が本件建物から退去し(但し、後記(一)の即決和解を除く。)、和田が本件建物を収去して本件土地を明け渡す旨を定めたうえ、一定額の使用損害金の支払を定めるものである。

(一) 中野簡易裁判所昭和五〇年(イ)第三一号

和解成立期日 昭和五〇年四月二一日

申立人松原喜六、相手方和田自動車工業所こと和田勝人

明渡期限 昭和五三年二月末日

(二) 中野簡易裁判所昭和五三年(イ)第六五号

和解成立期日 昭和五三年九月六日

申立人松原喜六、相手方和田自動車工業、和田勝人

明渡期限 昭和五五年二月末日

(三) 中野簡易裁判所昭和五五年(イ)第二一号

和解成立期日 昭和五五年三月二四日

申立人・相手方は(二)と同じ。

明渡期限 昭和六〇年二月末日

(四) 中野簡易裁判所昭和六〇年(イ)第一五号

和解成立期日 昭和六〇年五月一五日

申立人原告、相手方は(二)と同じ。

明渡期限 昭和六四年二月末日

4  和田は、昭和六一年一〇月に本件建物について保存登記をした。

5  被告は、昭和六三年三月三日、本件建物について、昭和六二年四月二七日売買を原因として所有権移転登記を得た。

二  争点

1  被告が次の事由により本件建物の所有者であるかどうか。

(一) 被告は、売買により本件建物の所有権を取得したかどうか。

(二) そうでない場合に、被告は譲渡担保契約により本件建物の所有権を取得したかどうか。

2  被告が原告に対し、本件土地について本件建物の所有を目的とする賃借権を主張することができるかどうか。(この争点に関しては、より具体的には次の諸点が問題となる。)

(一) (和田の賃借権の存否・内容)

和田が本件土地について、建物所有目的の賃借権を有していたかどうか。

同人の賃借権が一時使用を目的とするものであったかどうか。

(二) (賃貸借契約の合意解除の有無・効力)

(1) 本件土地についての賃貸借契約が、原告先代松原喜六と和田の間で昭和五〇年二月二四日に合意解除されたかどうか。

(2) 右合意解除ないしそれを前提とする即決和解が虚偽表示であるかどうか。

(3) 和田に賃借権があると被告が信ずるについて正当な理由があり、これについて原告に相応の責任があることにより、原告が被告に対し合意解除の存在を主張することができないかどうか。

(4) 右合意解除及びこれを前提とする即決和解が借地法一一条に違反して無効であり、和田が昭和五〇年の即決和解成立の時から建物所有目的の賃借権を有するかどうか。

(三) (賃借権の放棄の有無)

本件土地の賃貸借契約が合意解除されていないとした場合に、和田が昭和六〇年三月一九日に本件土地の賃借権を放棄したかどうか。

(四) (賃借権譲渡の原告に対する対抗の可否)

和田の賃借権が有効に存続している場合に、被告が本件建物の所有権を取得して賃借権の譲渡を受けたことについて、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があり、被告が賃借権の譲り受けを賃貸人である原告に対抗できるかどうか。

3  原告が本件土地の賃貸借契約の合意解除を主張して賃借権を否定することが、権利濫用または信義則違反として許されないかどうか。

4  被告が、借地法一〇条の建物買取請求権を行使することができるかどうか。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件建物の所有者)について

1  原告は、第一次的には、被告は本件建物を売買により所有権を取得したと主張する。

なるほど、被告は本件建物について売買を原因として所有権移転登記を得ているが、《証拠省略》に照らし、本件土地について売買がなされたとは認められない。

2  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、昭和六二年三月一七日から同年五月二一日までの間に、和田自動車工業に対し、合計二億三五〇〇万円を貸し付け、和田勝人は和田自動車工業の債務を連帯保証した。

(二) 右債権の担保のため、被告と和田は、昭和六二年四月二七日、本件建物について譲渡担保契約を締結した。そして、和田は、右契約に基づき、所有権移転登記手続に必要な書類を被告に引き渡した。

(三) 右譲渡担保契約には、次のような約定がある。

(1) 被告は、移転登記に必要な書類を受領したが、被告は、不渡手形の発行等の事由が発生するまで、右登記手続を留保する。

(2) 和田は、本件建物に対する使用収益権を失わないが、被告が所有権移転登記を経由し、かつ、次の(3)の担保権実行手続により所有権を取得した場合には、使用収益権を失う。

(3) 譲渡担保権の実行は、実行の通知を和田にして行う。実行の通知が和田に到達した日から二か月を経過した時に所有権移転の効果が発生する。この場合には、債権債務の精算をする。

(四) 和田自動車工業は、昭和六三年二月末に手形の不渡を出し、倒産した。そして、同会社は、本件建物での営業を停止し、和田もその頃行方不明になり、現在も所在不明である。

(五) 被告は、和田が行方不明になった後、本件建物を占有している。また、昭和六三年三月分から、被告が、賃料として従前毎月和田が原告に支払っていた額を供託している。

3  以上の事実を前提に考えると、もともと譲渡担保は担保物件の所有権を移転して債権を担保しようとするものであるから、本件のような建物について譲渡担保権者が所有権移転登記を取得した場合には、当該譲渡担保権者は当該建物の敷地の所有者に対し自己が建物所有者ではないとの主張をなしえないものというべきである。

もっとも、譲渡担保権は、その経済的実質は担保権であるから、担保権設定者がその所有権回復の期待権(受戻権)を有している間は、所有権の移転は終局的確定的ではないといい得る。そこで、当該建物の敷地利用権が賃借権である場合には、受戻権の存否、建物を誰が使用し賃料を誰が支払っているか等の事情を考慮して、敷地の所有者との関係で、敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸がなされたと評価するのが相当ではない場合が起こり得る。しかし、本件においては、和田自動車工業が手形不渡を出したことから、被告は和田から交付を受けていた登記関係書類を使用して本件建物の所有権移転登記を取得すると共に、占有も取得し、かつ、賃料ないし賃料相当損害金を負担しているのであるから、被告は、単なる債権担保権の範囲を超えて、名実共に所有者として本件建物を支配しているものということができる。他方、和田は、その経営する和田自動車工業の倒産により、自らも倒産して本件土地建物での営業を停止し、かつ、その使用を放棄したものということができる。したがって、仮に本件土地について賃借権があったことを前提としても、本件は、土地所有者である原告との関係で当然被告に対し建物の所有権と共に賃借権の譲渡がなされたと認めるべき事案である。

なお、本件の譲渡担保契約書では、所有権移転の効果が生じるのは、被告が和田に対し実行の通知をした後二か月を経過した時点であるとされているが、仮に和田が被告との関係で現在でも受戻権を有するものとしても、右のような被告による本件土地建物に対する支配の実質に照らし、本件建物所有権の帰属についての右結論を左右するものではない。

したがって、被告は本件建物の所有者であるというべきである。

二  争点2(本件土地についての被告の賃借権の有無)について

1  証拠(《証拠省略》争いのない事実)によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和四四年、和田は喜六から、本件土地(一)(登記簿上の地積約六九坪)を賃借した。同土地の賃貸借は、不動産業者の仲介によるものではなく、和田が原告の先代喜六に直接頼み込んで成立したものである。当時、喜六は、本件土地(一)上に将来次男が住む家を建てる予定であったが、それもさほど急ぐことではなかったので、和田の希望をいれて同土地を貸すことにした。その際、喜六は、和田に対し、息子の家を建てるなど喜六の方で土地が必要になった場合には、速やかに返還してほしい旨申し入れ、和田もこれを了承した。なお、右賃貸借契約に際し、権利金等の授受はなされていない。

(二) 和田は、本件土地(一)を賃借して、同土地上に建物を建築して自動車修理工場(板金、塗装、修理)を経営していた。本件土地(二)(登記簿上の地積約一一一坪)は、本件土地(一)に隣接する土地であるが、当時使用されておらず空き地の状態であったので、和田が賃借を申し入れ、昭和四七年に賃借することになった。本件土地(二)についても、賃貸借契約に際し権利金等が授受されたことはない。

(三) 賃貸借契約書は作成されたようであるが、喜六ないし原告も、和田もこれを保存していない。

(四) 和田は、本件土地上に本件建物を建築所有して、自動車修理工場を経営していた(後に和田自動車工業を設立。)。建物は、主たる建物が軽量鉄骨木造瓦亜鉛メッキ鋼板葺二階建の工場・居宅・事務所(床面積合計二五〇・九九平方メートル)で、附属建物が、軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建の工場(床面積七七・七二平方メートル)及びコンクリートブロック造スレート葺平家建の倉庫(床面積三・三七平方メートル)である。いずれも簡易な建物で、大きな資本が投下されたものではない。

本件建物は、昭和四五年頃から遅くとも昭和四七年頃までの間に建築されたものであるが、和田が同建物について所有権保存登記をしたのは、昭和六一年一〇月八日である。

(五) ところが、和田の工場の騒音や臭気に関して付近住民から喜六に対し苦情が寄せられるようになり、苦慮した喜六は小林庸男弁護士に相談し、同弁護士を通じて、本件土地を返還してくれるよう和田に申し入れ、同人と話し合いをした。

その話し合いの過程で、和田は、同弁護士に対し、和田のところにも、近所から苦情が来ており、もともと本件土地は住居専用地域なので工場を経営するのは無理であり、喜六からは次男の住居を建てる予定のところを好意で貸してもらっている、などと述べた。

(六) 和田と小林弁護士との間で話し合いが行われた結果、和田も喜六の意向を了解し、昭和五〇年二月二四日、本件土地の賃貸借契約を合意解除し、三年後の昭和五三年二月末日限り本件土地を明け渡すことで話し合いが成立し、同日喜六と和田とは「合意解除に関する契約書」を取り交わした。

(七) そこで、喜六(代理人小林弁護士)は、和田を相手方として、昭和五〇年三月に即決和解の申立てを行い、同年四月二一日喜六と和田との間で、和田が本件土地について使用権原を有しないことを確認したうえで、和田が昭和五三年二月末日限り本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを骨子とする即決和解が成立した。

2  争点2の(一)(和田の賃借権の存否・内容)、2の(二)(1)~(4)(賃貸借契約の合意解除の有無・効力)について

(一) 右1の事実によれば、和田は、自動車修理工場に必要な建物を本件土地上に建築し所有する目的で本件土地を喜六から賃借したものと認められる。しかし、本件賃貸借については、喜六に本件土地使用の予定があったことを和田は承知し、喜六が必要なときには明け渡すことを了承して賃借していること、賃貸借に際して権利金等の授受がなされていないこと、和田の建築した本件建物は簡易なものであって、大きな資本投下はなされていないこと、和田は本件建物の建築当初保存登記をしていないこと等の事情が存在することを指摘することができる。したがって、両当事者とも、長期の賃貸借を考えておらず、契約内容も長期の賃貸借を予定したものではなく、また和田の本件建物についての資本投下も長期使用を考えたものではなかったというべきである。したがって、この事情に合意解除に至る経過を合わせれば、和田は喜六の申込の趣旨を十分了解し、真に明け渡す意思で、本件合意解除をしたものと認めることができる。

(二) 被告は、この合意解除が虚偽表示であると主張するが、右にみたように虚偽表示とは認められない。

(三) 被告は、和田に賃借権があると被告が信ずるについて正当な理由があり、これについて原告に相応の責任があるから、原告が被告に対し合意解約の存在を主張することができないと主張する。そして、被告の貸付担当者の野村次郎は、原告が発行した地代の領収書を和田から見せられた旨証言する。しかし、本件について和田と喜六ないし原告との間の法律関係を示す重要な文書は、「合意解除に関する契約書」や各即決和解調書であるところ、野村証言によれば、同人はこれらの文書を見ておらず、地主に対しても和田が賃借権を有することを確認していないというのであるから、被告が和田に賃借権があると信ずるについて正当な理由があるということはできない。

(四) さらに被告は、本件合意解除及び昭和五〇年の即決和解が借地法一一条に違反するから、和田が昭和五〇年の即決和解により建物所有を目的とする借地権を有すると主張する。しかし、借地法は賃貸借契約の合意解除を一般的に制限するものではなく、本件合意解除及びこれを前提とする即決和解は、本件土地についての賃貸借契約を真に終了させ、約定の期限に本件土地の明け渡しを約束するものであるから、そのとおりの効力を有するものである。

(五) したがって、その他の点について検討するまでもなく、和田と喜六との間の本件土地についての賃貸借契約の合意解除は有効であり、右賃貸借契約はこれにより終了したものというべきである。

3  争点2の(三)(賃借権の放棄の有無)及び2の(四)(賃借権譲渡の原告に対する対抗の可否)について

右にみたとおり、本件土地の賃貸借契約は合意解除により終了したものというべきであるから、争点2の(四)、(五)については判断を要しない。

三  争点3(権利濫用、信義則違反の成否)について

被告は、原告が本件土地の合意解除を主張して賃借権を否定することが権利濫用、信義則違反として許されないと主張するが、そのような事情は認められない。

四  争点4(買取請求権の成否)について

借地法一〇条の建物買取請求権が発生するためには、建物の譲渡の際、敷地について有効な借地権が存在することが必要である。しかるところ、本件合意解除において和田は喜六に対し本件建物の収去を約束しているのであるから、同建物の買取請求をしない旨の意思表示をしているものと認められる。そして、その買取請求放棄の意思表示は、本件合意解除の成立経過に照らし有効というべきである。したがって、本件においては、被告が本件建物の所有権を取得した時には既に本件土地についての賃借権は消滅し、かつ、和田は本件建物の買取請求を放棄し収去義務を負っていたのであるから、その後に建物所有権を譲り受けた被告が建物買取請求権を取得することはないといわなければならない。

五  結論

以上のとおり、被告は本件土地の占有権原を有しておらず、かつ、本件建物の買取請求権も有していないから、原告に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務がある。

(裁判官 岩田好二)

<以下省略>

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